ストリートダンスとは?

2011年06月24日

ストリートダンスは時系列に大きく分けて、オールド・スクールとニュー・スクールの2つ(または、それにミドル・スクールを加えた3つ)に分けられる。ただし、現在では、この区分がなされてから何年も経っており、近年では、ニュースタイルという区分がなされるなど、その境界が崩れつつあるという説もある。いずれの時代にも、ヒップホップが取り扱われており、各スクールそれぞれの表現がなされている。
なお日本におけるミドル・スクールをオールド・スクールとニュー・スクールのどちらとするかには、1985年頃のニュージャックスウィングの日本伝来を境としてニュー・スクールに編入する説[2]と、1992年の「アライブTV」こと、"Wreckin' Shop Live from Brooklyn"の日本伝来を境としてオールド・スクールに編入する説の両方がある。

オールド・スクール
オールド・スクールにはロックダンス、ワッキング、ブレイクダンス、ポップダンス、といったものがある。早めのビートに合わせた大きなステップを特徴とする、リズム取りのアップをメインとする[要出典]。

ミドル・スクール
ニュージャックスウィング等が主流になった1988-92年のストリートダンスを、主に日本で、ミドル・スクールと呼ぶ事がある。ミドル・スクールにはI.S.D(International Step Dance:MCハマーなどが踊っていたダンスなど)、ニュージャックスウィング(New Jack Swing)、ビバップ(Be Bop:ジャズのビバップをもとに、ロンドンで発祥したダンス。)、ホーシングなどがある。

ニュー・スクール
ニュー・スクールはオールド・スクールを新しく解釈したものであるとされ、ヒップホップダンスのスタイルである。一説には、第一次ディスコブームに六本木で踊られていたものが、それに近いともされている。シンプルなステップ・ダンスで、ダウンをメインとしたものが多い。ハウスダンスもニュー・スクールに含みつつ、現代に至っている。
主なストリートダンスのジャンル

以下、代表的なものについて述べる。

ロッキング
ロッキングとは、見ている人に指差ししたり、折々にカチッとポーズを入れアピールするダンスを言う。
考案者はドン・キャンベルロックというアメリカのロスに住む黒人で1969年に始められた。 当時はソウルダンスの1つのフリであるファンキーチキンが流行っていたが、このドン・キャンベルロックという人は、即興で踊るのが苦手で、少し踊っては止まって考えて、また少し踊っては考えていた。 これには彼が率いるザ・ロッカーズの、元祖スキーター・ラビット(ジェームス"スキーター・ラビット"ヒギンズ)による証言がある。この様子を面白おかしく思った周囲の人々は、彼のマネをしてこのスタイルの踊りを流行らせた。 但し、根幹の動きのザ・ロックは勿論、トゥエル、ペーシングなどの基本の型は彼が見出だしたモノである。 そしてロッキングは今では(ドアをロックするなどといった)固定するという英語に意味づけされているが、彼の周囲に居る人はこのスタイルをキャンベルロッキングと言う。 キャンベルロッキングが省略されて、それでも意味が通るロッキングになったのが真相だと思われる。
なお同時代に流行したダンスにパンキングがあり、黒人に特徴的な長い腕のしなりによる技を表現としてロッキングと重なる部分がある、日本では腰などの動きを加算してワッキングとして大成された(ワッキングという日本生まれの呼称はアメリカでは通じない)。 ドン・キャンベルのオリジナルスタイルが多数派といわれているが、そのほかにも、チェーンリアクションスタイル(別名ファンキーフルーツ)という、高速で動きあまり止めないスタイルもある。

ブレイキング
ブレイキング、又はビーボーイングは、目の前の相手を威嚇する軽い立ち踊りから、床に手を付き体を振り回し、最後にポーズをとる。概要を固めたのはスパイというダンサーで3歩や6歩のフットワークは彼の考案による、ロックステディクルーはウインドミルの考案者であってブレイキング創立者では無い。
派生スタイルとしては、ブレイキング パワームーブ(力技メインでダイナミックなもの)、リズムブレイキング(別名スタイル/リズムとのシンクロを重視したもの)などがある。
なお、「ブレイクダンス」という言葉は、若いストリートダンサーはブレイキングの砕けた表現として使うが、元々はブレイキングからポッピングに流行が移る移行期に生まれた言葉で、当時はその両方が一体と認識され両方を表した。 名前がブレイクした元になる映画の主役は、ロッキングをやっていたのでそれも含む事まであった。 ブレイクダンスの一般人[誰?]の解釈は今でもそうである。

ポッピング [編集]
ポッピングは、筋肉をはじいたり、体を流動化して回したり、パントマイムの様に体を動かすダンス。エレクトリックブガルースのブガルー・サムによって1975年に考案された。このジャンルの技の根幹となったポップするスタイル、すなわち、名前の元になったはじくスタイルのほか、ブガルーと呼ばれる、体の各部を流動的に回し反転を繰返すもの、また、アニメーションと呼ばれる、コマ送りやスローで動かしたり、マイムのような動きをするスタイルがある。

ヒップホップ
初期はニュージャックスイング、後には他に分類される技を主とはしない自由な踊りとされる。
ヒップホップカルチャーとヒップホップダンスをどちらもヒップホップと略している現状から、分かりにくくなっているが、ヒップホップカルチャーは、アメリカのダウンタウンの黒人文化である。 それにはファッションも音楽もダンスも含まれる。 アメリカ3大ヒップホップDJのアフリカバンバータが、4大要素として、DJ、MC、グラフィティアート(スプレー缶で街角に字や絵を書く事)、(ブラック)ダンスと定義した事は知られているが、一般的な感覚としては日々の生活の延長線上にある。そしてブラックダンスとは、リズムと一体化するのが特徴と言える。 その大きな時代区分となったのが、間をためて表現するソウルダンスの後に生まれた、ストリートダンスである。
ソウルダンスはシンクという曲でシンクというフリ、トーキンラウドという曲でトーキンラウドというフリを踊るというように、曲に対応する振りを表現していた、そこでは溜める(一つの振りを最終動作に向けてゆっくり表現する)というテクニックが発生した。
そしてその溜めるという表現と対になる、弾く(拍に合わせてダイナミックに動く)という動作が次に生み出され、それ以降のブラックダンスがストリートダンスとカテゴリーされるようになった。 その特徴としてアップやダウンといった、1拍ごとに伸びるか沈むかしてビートを表現する、リズム取りと言う技術が確立した。

ハウス
ハウスは、ズン、ズン、と沈むリズムの中で表現のメインとなる足を高速で素早く動かす動きを特徴とする。シカゴのウエアハウスというクラブでの表現から広まった。

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